2012年3月20日火曜日

野火


去る3月15日、ふと思い立って岡崎の岩津天満宮に行ったときのこと、国道1号線を八帖の交差点から248号線に入り北上、天神橋交差点に差しかかったあたりで前方の風景を目にして、なにかとてつもなく懐かしい感情におそわれ不覚にも涙してしまった。
わたしはもともとこういう事が多々ある。風景に関する記憶力が乏しいのだと思う。東京世田谷の風景がレバノンのベイルートと繋がってしまったり、三河湾が地中海に見えたり、地元の高師原台地がドイツのコブレンツのようだと思い込んでしまったり・・・まあ、楽しいと言えば楽しい
けれども今回のように軽い嗚咽と共に涙してしまうまでのことはそう滅多にはない。もちろんあの日は春めいた空気が一斉に訪れたような佳い陽気だったので、そのことによる感動だったのだとも思うが、それだけでもないような気がして検索してみた。すると天神山の周囲は50基近くの古墳が密集している場所だと知った。それから全国にある古墳の中でかなりの数のものが天神塚、天神堂などの名を冠していることもわかった。これは菅原道真公が古墳や葬送を司っていた土師氏の末裔ということと関係がありそうだ。
さて、わたしの意味不明な嗚咽はこうした歴史に呼応して湧き上がっているとするより、そうした感情をかきたてる地形地質が元々そこにあったから数多くの古墳が築かれ聖地として崇められてきたと考える方が妥当だろう。100年前、荒廃していたこの場所に立った服部長七翁に中興の祖となるべく決意させた直感もまたそのようなものだったかもしれない。
人間は、ものがたりなしでは生きてゆけない。けれどもそれにはまり込んでしまうと今度は逆に生きる力を吸い取られてしまう。1990年代のはじめ頃、わたしは今回よりもずっと強烈な「神秘体験」のようなものを連続して経験した。それらのできごとが一体全体なんだったのか未だわからないでいるけれど、わたしはその頃、いくつかの地名から「水」というキーワードを見出してしまった。ひとつキーワードを見つけると、そこから一定のものがたりにはまり込んでしまうまで時間はかからない。私はそのことを友人の谷一郎に話した。谷は狂気じみたわたしの長話をじっくりと聞き取って「水」の他にもいくつかのキーワードが見つかる事を指し示してくれた。読み取れるものがたりも一様ではなく無限にひろがっていることも。
あの時、谷一郎があの指摘をしてくれなかったら今の私はなかったかもしれない。そう言うと大袈裟だが、ひとつの硬直した思考の中にはまり込んでいたのは間違いないと思う。それは丁度あのカルト団体が大変な事件を巻き起こす直前の季節だった。
それらのことがらと前後どちらだったか、時期は忘れてしまったが、谷一郎が薦めてくれた小説に大岡昇平の「野火」がある。太平洋戦争中、南海の激戦地で死を目前に彷徨する主人公にデジャブ・既視感が襲う。当初その既視感を死への誘いとして了解し絶望するものの、強靭なイマジネーションで生への渇望としてものがたりを書き換えてゆく。そんな内容だっただろうか。